【ネタバレ有】アイの歌声を聴かせて

今回は珍しく、続き物ではないものを見てきました。「イヴの時間」や「サカサマのパテマ」を手掛けた吉浦監督ということで期待はMAX。

 映画の始まりは「サマーウォーズ」のような半ば電脳空間のような描写からのスタート。AI搭載人型ロボットの一人称視点から始まります。とある高校にロボットであることを伏せて転入させるという女性研究員の話。その高校名を聞いたときに意味深な反応をしたのは身内がその高校に縁があるとかなのかな。

 次は主人公と思われる女の子の起床シーン。この家はオール電化でAIが管理しているらしく、カーテンの開閉や情報の収集などが会話を通して行われており非常に先進的。この世界の世界観を視聴者に分かりやすく提示している。朝食の用意中に先ほどの研究員が母として現れる。それと前後して娘のさとみは母の予定のAIテスト(極秘)を見かける。先ほどの小さな違和感の辻褄が合った。ウキウキな母親とさとみは出かけ際に合言葉のように「今日も一日がんばるぞい(幻聴)」ではなく「今日も一日がんばるぞ、おー!」と唱える。すごく好き。

 登校風景も印象的で、機械ロボットが農作業をしているところに警告の看板(内容はこの時点では読み取れず)、AI運転進入禁止が路上に描かれておりAIと人間世界との住みわけが暗示されている。バスは見かけは普通だが運転手はロボット。広告も窓ガラスに液晶がはめ込まれているような印象。外には独特な造形をした風車もあって(学園都市を彷彿とさせる)未来の都市であることが精緻に描かれている。研究都市のようで、大企業(コーポ)の従業員の家族が住んでいる様子。そしてついにお待ちかねのAI詩音が登場する。さとみのもとへ向かって「さとみ!」と声をかけながら突然歌いだしてリアルにびっくりする。ミュージカルだったのかこの作品は。共感性羞恥に苛まれながらも、コミカルに愕然とするさとみで心を落ち着かせながらドタバタ学園劇が始まる。さとみを幸せにするという謎の使命感を抱き、イケてる男(ごっちゃん)とそれを片思いしてそうな幼馴染の女の子(アヤ)、柔道部員の男(サンダー)とさとみの幼馴染のコンピュータオタクな男(トーマ)を巻き込んで再びミュージカルが開始!最後は全機械(プロトタイプ)に搭載されている緊急停止装置を以て詩音ごと動作を停止させられてしまい、AIバレしてはいけないということでさとみはなんとかその場を収めようとするもアヤはそれを拒否(無視)するという嫌な女の子として描かれている。1日目をやり過ごした後、二日目が開始。テストは5日間らしい。二日目の冒頭にトーマが監視カメラに詩音が映らないことに気づく。なんだ詩音は幽霊なのか?カメラに映らないタイプ?と思いきや、別の視点だと映っていることから第三者による改ざんが決定的に。その真相とは詩音による改ざんだった。これによって研究所には理想的な結果が送られているというちょっとかわいいがそら恐ろしいことが発覚する。

 そんなやや不気味な詩音との学園生活において、詩音の暴走からごっちゃんとアヤがカレカノだが喧嘩別れということがわかり、片思いではないのかと驚く。普段は優等生扱いで皆から疎まれているらしいさとみがアヤの背中を押して二人を仲直りする。この二人に自分とトーマの関係性をトレースした模様。詩音の歌によるエールもあって二人は無事仲直りしてアヤが一転していい女友達として今後描かれていく。

 次なる出来事は柔道部員サンダー。本番が苦手で試合で勝ったことがない彼はいつも機械(名前忘れた)と組み手をしていたが試合当日機械が故障してしまう。そのデータをトーマの部室のコンピュータがあるところで吸い上げで詩音に入れる。ここの部室にはこの物語の今後に関わる重要なアイテムがあった。それはごみ箱型ハードディスク。劇中に2度ごみをそれに投げ込むも横にある本当のごみ箱に入れるという描写がアップで描かれておりしっかり伏線となっている。それはさておき、詩音は柔道のできる機械から柔道の技術を得て組み手をミュージカルのダンスのようにする。(当然歌を交えながら)その甲斐あって初勝利。皆は勝利で湧き上がる。試合後打ち上げをしようというアヤの提案に対して詩音はAIらしく拒絶。理由は放課後研究所にいる必要があるから。  その翌日、さとみの提案で学校をエスケープして皆はさとみの家で祝勝会をあげる。ここでアヤとの会話によりトーマとの関係性が開示される。過去にトーマからたまごっちのようなAI搭載の機会を受け取ったが母親にそれがトーマによって改造されたものと見破られてしまい、詰問される。ここで3つの点が線となる。

・なぜ冒頭詩音がさとみの名前を知っていたのか(事前に入力していた?それにしては母親は直前まで実施する高校を知らなかった)

・なぜ詩音はさとみの幸せにこだわるのか(あまりに固執しすぎている)

・今は亡きそのたまごっちはガワはトーマが持っているが中身はどこへ?

そうつまり、ここ詩音のAIの元はトーマの作ったものであり、さとみの幸せを願うのはトーマの想いによるもの。凡庸な作品ならともかくこの監督がここまでおぜん立てをしてこの設定にしないはずがないと。

ここでもう一つの伏線、写真についても触れなければならない。みんなで写真を撮ろうと提案するアヤに詩音は疑問を呈する。覚えておくためというさとみの答えに対して詩音は「私は忘れないよ」とAIらしさを発揮。それに対してアヤがコメントして結果詩音は「バックアップなんだね!」と納得。ここテストに出ます。

それはそうと話は進み、帰ってこないはずの母親が帰還。当然詩音と合わせるわけもなく二階のさとみの部屋に詩音を送り込む。なんとかやり過ごそうとするも詩音が2階でさとみの好きな「ムーンプリンセス」の動画を流してしまって、バレそうになる。トーマの機転で詩音を先に窓からバス停に向かわせることで事なきを得るもそのバス停にいるつまり学校を抜け出しているところを詩音を車で迎えに行こうとしている研究員に見つかってしまう。これは後に影響を与える伏線となる。

 それはそうと詩音は帰り道にさとみの幸せはさとみを幸せにすることによってしか成しえないわけではない。(つまり周辺人物の幸せによってもなしえる)という理論を展開し、トーマを幸せにしようとする。(このあたりの描写は不穏)

 さとみを近くの太陽光パネルのあるエリアにまでトーマを使って呼び出し、先ほどの「ムーンプリンセス」のような音と光を用いたミュージカルが行われる。ここでは珍しく詩音だけでなくアヤやごっちゃんも歌っていていいシーン。そうしてトーマがさとみに告白しようとしたところで警察のような組織に全員捕縛されて、詩音は電撃によって拘束される。先ほどの詩音の脱走により、実験は失敗と見なされたのだ。こうして皆は拘束されるも子供ということで解放される。詩音は無理やり転校ということとなり当然このプロジェクトを主導し責任者でもあるさとみの母は責任を取らされてしまい家で酒を飲んで荒れる。

 部室のコンピュータも奪われてしまい、ありとあらゆる詩音に関する情報を記録した媒体が没収されてしまい意気消沈するメンバーだがトーマがごみ箱型のハードディスクの存在に気づく。そこにはインターネットを介して詩音のバックアップが記録されていた。

 そうしてそのバックアップデータをトーマとひとみが見た結果、詩音の正体がトーマが小学三年生の頃に改造したAIであることがわかる。トーマの改造したAIはインターネットの海で自己学習を繰り返し、トーマが与えた命令「さとみを幸せにする」ということを遂行するべくおよそ8年間頑張っていたのである。次々とさとみの過去に関する映像が右下の「ムーンプリンセス」のワイプと共に描かれるんだがこれの為にムーンプリンセス作ったの贅沢すぎんか?作りこみ凄いね???父親らしき人と駅のホームで離れるシーン。さとみが学校で孤立するシーン。ここで詩音であるAIは話しかけようと周囲の音で音楽を奏でようとするもさとみには伝わらない。そうしてようやく"詩音"の体を以てさとみとの接触に成功するところを見るとなんと尊い愛か。これを百合と見なすのはここにある。冒頭の詩音が歌いだしてしまうところやさとみの部屋でムーンプリンセスを見てしまうといった一見珍妙なAIらしき行動も、これまで見ていることしかできなかった世界に干渉できるようになった喜びの発露ととらえると違和感なく受け入れることができる。ここの回想シーンでは独白する詩音の声が当初機械音のような状態から徐々に劇中の詩音の声になっていくのもエモい。

 こうして真実は明らかとなり、そのデータを見ていた母親は驚愕。そう改造元のAIとはこの母親が作り上げたものだったのである。成程。これまでやってきたことは無駄じゃなかったとやけになってた母親は立ち直って本社へ詩音の奪還計画を行う。アヤの父親のIDを奪って本社に潜入し詩音を回収することに。この時アヤの父親がパスをアヤの誕生日にしててごっちゃんがアヤに今度デートでもしてあげなよってコメントしてたのほほえましかった。

 本社への乗り込みと強奪に関しては概ね視聴者の想定通り。敵役の支社長の追手を振りまくためにアヤと詩音が服を入れ替えて逃走しているのは良さを感じた。なぜか会長がヘリで乱入することで当初想定していた屋上から詩音のデータ送信計画は一度30階まで下りて隣のビルの屋上を用いることに急遽変更。扉をそっとじするさとみには笑った。その後、社内AIが詩音を支援する出来事があって無事に屋上に到達し詩音のAIデータは宇宙へ送信される。

 エピローグ、屋上にて皆が集合する中、詩音とトーマがいい雰囲気に。しかしなんとも煮え切らない状態で人工衛星「つきかげ」から着信!そう詩音からの電話である。なんか衛星乗っ取ってて笑った。そうして最後は大団円!母親は会長に次はこそこそするなちゃんとやれって言われててポジティブな終わりだった。

 スタッフロールでアヤがみかこしであることを知ってウキッとするとともに津田健次郎の文字列を見かけて納得する。また数学ノートが出てきてん?となったけれどもおそらくは冒頭の授業中の数学式の引用元なのかな?

 

 全体を通して、頻出する月はエモを感じる。一回だけ日中欠けていた月が描写されていた覚えがあってこれだけは疑問(2日目か3日目なので自然現象としても不自然)見間違えだったかもしれない。

 アヤの取り巻き二人のガヤはネームドではないが随所でアヤをうまく囃し立てたり、ほほえましく見守っていたりでかなり印象的。モブの中で一番好きかもしれない。

 母親が自暴自棄になっており、家を飛び出したシーンで看板が明らかになる演出もおしゃれ。1.近づかない。2.命令をしない というのは暗示的である。

 ミュージカルにある物語中に突然登場人物が歌いだすというあの演出は違和感が拭い去れなかったが今回はAIという盾を以てその違和感を払拭しており感心した。監督はミュージカルが作りたかったのかな?それでこの舞台装置、キャラ配置を考え付いたのならば脱帽もの。

 

書ききれなかったのでめちゃくちゃ漏れがある。思い出したら追記する。